11.27.2008

91-92

靴を4足ずつしかもってない家族の話。
会社にいたころお邪魔した、デザイナーの人の生活感ゼロの家。
20代半ばぐらいから、ずっとそういうのがいいなと思ってたから、
基本、ものは減らす方向で、ものは出さない方向で、
それに、なんだか飾りスペース的なものがない間取りがつづいてたので、
すっかり飾るという習慣をなくしてた。

家が変わって、下駄箱の上やら、出窓やらができて、
ここは一ついいかんじに飾ってみたいものだとおもうものの、
まず、飾るものがほとんどないし、
ちょっとはあるものも、そんなにそれが好きなのか?と問われると自信が無い。
はっ、ゼロを目指しすぎると、だんだんテイストというものがなくなるのね。
ゼロに味はつけられないのだ。
好きなものってなんだっけ?

(ちなみに、前々日の日記にのせた下駄箱の上にはミニカーがのってるのだけれど、
そんな車好きの家みたいにしなくていいよ、
と車大好きの夫に言われたのでとりやめ。彼に言われるとは。)



なにかあったかなあ、と気に入った紙類をしまってたファイルをみてたら、
なつかしいのが出て来た。

上のは中学生のときに梅田(この時は神戸に住んでた)で見つけた絵はがき。
91年って書いてある。
こういうのすっごく素敵ーと思って、
そのまんま、大学生ぐらいまでずっとこんなのが好きだったんだった。
一人暮らしの部屋は、壁中、絵はがきやらポスターやらでほんとにぎっしりだった。
そうだった。

もう、こういうのを飾りたいとは思わないけど、
あの、すごい熱意というか、臆面のなさというか、
これが好きなの、ドーン、っていう勢い、なんか今思うといいなあ、と思う。

下のは高校1年生ぐらいではじめて代々木公園で
フリマ出したときに、よそのお店で買った手づくりのシルクスクリーンの絵はがき。
この頃描いてた絵は、まさにこんなんだったけどこれの影響かしら。
裏に1992年fuhmiって書いてある。
fuhmiさん、まさか、見知らぬ人の家で15年後までこの絵はがきが残ってるとは思わないだろうなあ、教えたいなあ。

これも出て来た、10年前の夫作年賀状、彼らしい。

そして、何飾る問題は未解決。

11.26.2008

つままれる

かんたんな、人間ドックにいった。

今回は前回よりも項目が増えて、脂肪の厚さをはかるというので、
おなかでもつまむんだろう、おへその脇ぐらいがいいな、
ここはいかにもおなかというかんじがするわりには腹筋してるから薄めだ、と思ってたら、
腕の付け根の後ろ斜め下、みたいなところをつままれ、
なんだかすごくやるせない気持ちになった。
正しい、そこをつまむのはたぶんすごく正しい、だからこそ悲しい。
なんだろ、筋肉の意識のしようがない、ごまかしのきかなさが悲しい。

あー、なんで、私こんなに脂肪にうるさいんだろうなあ、痩せてるのがよいっていつからすりこまれてるんだろう、とたまに不思議になりつつ、
やっぱり、好きなのは市川美和子みたいな棒みたいなひと。

11.25.2008

せんせい

新しい家では、雑誌とか本を眺める時間が増えた。
ソファが、庭を向いてるのがよいのかな。

引越し間際に買って読まずにほってた小さな雑誌がすばらしく素敵で、
どの服のデザイナーよりも好きな、
服じゃなくてグラフィックのデザインをするおじさまというかかみさまの話を、
息を詰めながら読み、
さらに好きになりすぎて、世界が一段階明るくなった、気がした。
ウーロン茶の広告とかの、あの方。



週末で手つかずだった家のそこここが出来上がった。
まるで元々そこにあったみたいに出来た!靴箱。 そのうち扉がつきます。

ほかにもいろいろ動き出して、ぼんやりしなくなってきた。
とてもいい兆し。

11.20.2008

やきものはじめ か?

5、6年前につかのま入っていた陶芸部で作った湯のみでをはじめて使った。

当時は、いろいろやってみたい欲、的なものが結構な部分をしめていて
作ること自体に興味があって、
出来上がったものを使う、というイメージが正直なかった。

それからもずっと、それこそ無印とかikeaとかで買った無味無臭な、
割れてもいいや、的な食器を使っていたのだけれど、
まわりの友達とか、
好きなライターの人とか、
向田邦子(近頃は本人の書いたものばかりか、向田邦子本というのか、まわりの人が書いた本まで読んでいる)とか、
の影響がじわりじわりと効いて来たのか、
ようやく、そういう精神年齢になってきたのか、
俄然、もうちょっと、手、をかんじるようなものに興味が出て来た。

そうしたら、いい雑誌が出たので読んだり、
友達のおうちで陶器の個展があると知ったり、
長年使ってた無味無臭ティーポットを割ってしまって鉄瓶を使いだしたり、
とぐるりといろいろつながってきて、
そういえば、と自作を引っ張りだすに至った。

案外、悪くない、口当たりはやわらかいし、ぼってりしすぎてないし、さすが自分で作ったものは自分好み。
じわりじわりと、こういのが増えていくかしら。
荷物が増えるのはやだから、なにかが割れて減ったら増やすぐらいでいきたいところ。

今日はお客さんが来るから、ちょっといつもとは違う器を出そうと思う。


11.19.2008

抗ふやけ

3週間家にばかりいたら、頭も体もふやけきったので、
昨日は六本木まで自転車で行き、
今日はスポーツクラブに入会した。
おかげで、少しだけ血の巡りが良くなって、頭も体もまともになってきたような。
なにがふやけたって頭がいちばん、ひどくなってきてた。

スポーツクラブで手続きしてて、身分証明書を、といわれ、
ほいほいと、免許兼名刺入れを開いたら、免許が無い。
お財布をみてもない。
内心焦りつつ、口では、「忘れて来ちゃったんで」と次でいいことにしてもらう。

そのまま出かけるつもりが、家に帰り、まずは、いつ免許を使ったか思い出そうとするも、
まず、今月いつ何をやってたのかが全然思い出せない。
ふやけてる。
なんと、この日記が役に立ち、
そうだ、住所変更の手続きした日があやしい、
と、それを手がかりにかばんやらなんやらひっくりかえし、
やっぱりない、となり、
最後に手続きした銀行に電話するも、なく、
警察の落とし物係に電話する。
「届いたら、2、3日中にご自宅に連絡がいくはずなんですけどねー、
それがないとすると、どこかにまぎれちゃっててみつけれてないとか、
あと、コンビニのコピー機にはさまってる場合・・・」
とここで、はああっっ、となり、
その後の話は上の空。
「念のため、こちらに届いてないか
コンピューターで調べてみるんでお名前は」
とかいわれてるけど、ああ、もう、絶対届いてないから、すみません、
とおもいつつ、もう言葉を挟む余裕も無く、名前を伝えるも、届いてない。
そりゃそうだ。

絶対、2階にある、自分の部屋、スキャナにはさまってる

はさまってた。

免許証のコピーをとったんだった、寒かったから家でやったんだった。
そんぐらい外でないから、だめなんだよ。

夕方、スポーツクラブで初泳ぎし、帰りに男子ロッカーに入ろうとして、
おばさんにあわてて止められた。

はやく絞られろよ、じぶんめ。

今日の運動  クロール1300m

11.14.2008

木蓮

母の家に行った。
久々に作ったというお手製ケーキやら、
テレビを参考にしたという炊き込みご飯やらを食べながら、
家のこととか、年金制度のこととか、通販のこととか、
なんでも、はなして、
最後の方に、最近の趣味だいうボタニカルアートの話のなかで、
近所の木蓮がものすごくきれいだ、
きれいだきれいだ、というので、
びっくりして一瞬言葉をはさめなかった。
私が一番好きな花は木蓮だ。
あんまり花を愛でるという習慣なくきたので、
花の話など、あまりしたことなかったのに、
そんなところまで似てしまうのかと、
自分と背格好がまるで同じな母をまじまじと見た。

家を出ようと思ったらこんにちは

11.12.2008

まちのねずみ

まちの鼠とむらの鼠だと、たしか、村の方がいいよね、
という話だったかな、
それか、みんな違ってみんないいみたいな話だったか。

昨日10日ぶりに華やかな街にでかけたら、
女の子が素敵だったりして、テンションあがったので、やっぱり街は良いと、
よし今日は青山などへ自転車でいってみるかと玄関を出た瞬間、
雨が降り出したので、
これは、あなた、アトリエあるんだから、パターンでもひきなさい、
という啓示と思い、ひきかえすも、
ひさしぶりにサスペンダーラインなどひくことになりそうで、
日記をかきながらひと呼吸。

今、頭の中にあるのは、街をあるく自分とそこにあればいいと思うコート。
靴はブーツだな、フェイクファーの帽子もかぶろう。

私は芸術家じゃないなあ、
自分からなにかがほとばしるというタイプじゃあ、ない。
まわりのものを吸い取っては別の形ではきだして、
という、砂まじりの水をすっては吐きだす貝のようなものだと思う。

このところの、掃除やら日曜大工ざんまいの生活はロハス的すぎるので、
まち濃度を来週あたりから上げていかねばねえ。
完全にロハスの使いかた間違ってるのは知ってます。

何がロハスって、木目を生かした棚作ってみたり


ついにはほうきを買ってみたり。ほうきは「白木屋中村伝兵衛商店」ってなんかきっとロハス界では有名そうなところの。恥ずかしいなあ、でも好きだなあ、だから、載せちゃうんだなあ。

11.10.2008

かきたいのは

最近会うようになって、もっとお近づきになりたいなあと思う女の子が、
毎日日記を書いているので、
実はそういうのがきっかけでもあって、
また日記を書き出したんだけれど、
私が好きな文章は、
その女の子もそうだけれども、
多くない言葉で、大げさじゃない言葉で、
でも、いいたいところを本当に拾えているような、
で、別にぎらりと鋭い訳じゃないんだけれども、やわらかくとぎすまされたようなことばが、
とつとつと並べられている、
というようなもので、
3日かいてみて、どの日も、それに該当しません残念、ぶー、というかんじなので、
すっかりすねかけて、
そして、あっさり4日目にして書き逃した。
でも、やっぱり懲りずに書こう、つづけると、きっとシナプスがつながっていって、
じわりと行きたいところにいけるはず。
あ、このシナプスやらがつながる、という感じは、最近からさかのぼり結構長い間、
自分の中で、くりえーしょんには大事なことなのね、きっとと思っているポイント。
文章を書くのも服を作るのもけっこうそんなに遠くないと思う。

週末は、エスモッドなショーを大田区まで見に行った。
池上本門寺って、なんか、そういう場所みたいだけど、はじめていった。
巨大な本殿側から出て来て正面の石畳がランウェイ。
本殿やらお坊さん達にいろんな色の光をぐるぐるあてて、罰当たらないかしら、
と心配になる、モッダーンなショーだった。


寒さに震えすべりこんだ、寂れつつも全体のはりぼて感がかわいいカレー屋さんで、
ミントグリーン色のソースつきサモサ等つまみつつ
同級生たちと、長々と話し込む。
エスモ友達はいいねえ、どんどん会いたいな。

表札ができました

11.07.2008

道中

住所変更手続きをしてまわった。

最寄り駅に1軒
途中に2軒
隣の駅に1軒
さらに先の駅に1軒
いくところがあった。
ここらの小田急線の駅は近い。

近いんだけど、それでも、昨日も同じようなコースを走って遠かった。
今日の方が、それぞれの場所の雰囲気とか位置づけとか
自分の中で育ってて、
そうすると、道のりも近く感じる。

前の家から学校に自転車で通い始めた頃、
ただひたすら長くて飽きちゃう世田谷通りが、
そのうち自分の中でいくつかのまとまりに区切られて、
そうすると、いっこのまとまりを走ってる間はあんま意識がないというかんじで、
節目のところで、よし次は中華饅のお店のブロックだなあと意識が戻って、
次のブロックでまた無意識、
という風になって、そうなると、40分の道のりも結構あっという間になった。
道がひとつのおはなしみたいなかんじでなんか飽きない流れができるんだとおもう。

こういう、道が自分になじんでいくみたいなのは楽しい。
今まで相当数家やら通い先やら変えて来たから、
そういうことを何度もやって来たと思うと、年を取るのもいいなあと思う。

とはいえ引っ越し過ぎだ。
郵便局の通帳の住所の欄に4つも住所がならんでいっぱいになってしまった。


近所の八百屋さん、前をとおるだけでちょうもりあがる。花屋か!

11.06.2008

城じまん

いままでやってた仕事とかバイトとかをやめたので、
ふぬけて溶けてしまうんじゃないかと、恐れてたんだけど、
杞憂、杞憂ってこういうときに使うんだなあ。
「のんきくん」のことわざ事典を入手するも、
覚えたことわざをどういう言いまわしのなかで自
に使ったらいいのか分からず
悶々としてた、ずれてた小学生も、
自分の城を持てるようになったのだ。

整えた城、つまりは アトリエは、思いのほか使い易く、
昨日はカーテンを直し、ついでにカットソーまで一枚作って、まだ夕方だった。
はじめ、隠してしまってた道具もとりやすく表に出したりして、
それが、意外と目障りじゃなかったりして、
こうやって体に空間をなじませて、それが理にかなっていればきっと見た感じもよろし、
という風になるのだと思う。
ああ、うれしい。まさにここは私の城。


夜はステレオリンチライブ。
スーパーデラックス、ワンマン、満員、大盛り上がり、すごい。
かっこよかったー、スズケンイケメン!

11.05.2008

引っ越しまして

いろいろ生活が変わったので、また日記を書こうと思う。

家を引っ越した。
たぶん、ふつうにみたら、地味なというかちょっとぼろいような家なんだけれど、
ほんとうに、気に入っているから、しょっちゅううっとりしてる。
日当りが、最高。庭がある。
昨日も、早くも、お客さんをよんだ。
みんな、きてね。
パソコンをさわりすぎないように机の上から撤去、たくさん布とか紙をさわるわよう。